2010年 Archive







ここにきて、HPを三ヶ月振りに更新。ふぃー。
前回のnoteにて、「疲れた」だとか「苦痛」だとか、ブツクサ書いていたら、
暗に誰かを批判しているように読めるからやめなさい、と兄に苦言を呈される。
毎日、猫と一緒にピアノをポロポロ弾いて、私の本棚からイソイソと本を持ってきては、ソファーで寝転びながら読んで、気まぐれに創作パスタを作る、『うたかたの日々』に出てきそうな、兄に、だ。
「苦痛」と書いたのは、仕事自体の話ではなく、私の身体が実際に「顎関節症(気味)」になったり、「胃炎(気味)」になったりで、そんな体内の不調に気づかなかった、身体の精度の下がり具合を嘆いたのでした。
その精度の低さは、9月から12月まで、金沢21世紀美術館で行われていた、ペーター・フィッシュリ+ダヴィッド・ヴァイスの展覧会を見逃したことからも伺い知れよう。
兎にも角にも、何かしらの(野蛮さを伴った)パフォーマンスを上げるためには、身体をまずは健全に保たなければいけませんね。
「健全な肉体に宿る不健全な魂 by 村上春樹」来年の私に期待。

「本などなくても、家などなくても、金などなくても、何もなくても今喋り、今考え、今笑うことから始めればいいということ。世界とちゃんとつきあえば、向こうの方から秘密を教えてくれるのだということを。やればやるほど、愉快で、もしも面白くならないとすれば、それは間違っているということを。」(後藤繁雄『独特老人』まえがきより)



年の瀬は、ゆっくり仕事をしつつ、映画を見たり、乱読したり、大掃除をして過ごす。

イメージフォーラムで、ハーブ&ドロシーを観る。
ハービーが私の祖父にそっくり。特にドロシーの目を盗んで、女性の手を握ってお話しているところとか。
PLACE Mにて、石川直樹展「CORONA」、トランスフォーメーション@現代美術館、「写真分離派宣言」@NADiff Galleryなど。また、Cosmic Wonderにてアンダースの写真を幾度もチェック。年始は高校サッカーでも観に行こうかしら。

来年進めて行くプロジェクトも、それに対する頭や身体も運動し始めています。
毎年、プロジェクトを遂行するために必要な筋力は初めて使用するものばかりだから、動きはぎこちなく、筋肉痛と戦いながらになるのだが、それが楽しい。し、それくらいはしないと私は本当に何もしないのである。

(と言いつつ、今からお知らせですが、2011年の3月一杯、所用でヨーロッパへ赴くことになり、東京を不在にします。)

「一つの音が演奏される、その音は生まれることによってすでに存在する空間を占めるのではなく、作る。ある考えが頭に浮かぶ、その考えもこの世に空間を作り出す。つまり、まず容器を作って、そこを後から満たそうというのではなく、言葉を生み出せば、その言葉そのものが空間になる」(多和田葉子『エクソフォニー-母語の外へ出る旅-』岩波書店)


それでは、よいお年を!









東京―北九州間で絲山秋子の『海の仙人』を読了。
帰京して、時間が出来たので、村上龍『歌うクジラ』、中村うさぎ『私という病』、青山真治『地球の上でビザもなく』、佐々木俊尚『電子書籍の衝撃』などを通読。年の瀬は何を読もうかしら、と古書店をトボトボ歩く。


体調はまだ胃炎気味で、野菜を中心とした、ささやかで刺激の少ない料理を心がけている。最近は野菜が随分と安い(東急は至って高いし、店内が恐ろしく寒いから行きたくない。駅前の八百屋がグッと安くなった。)ので、キノコやら緑野菜をたくさん買って、何にでも放り込む。
そういえば、福岡のお土産で幾人かに明太子をお送りしたら、「cuteな明太子ありがとう」やら「thank you for the lovely mentaiko」といったメッセージが届いた。喜んでいただけたようで良かった。



年の瀬が近づき、ここに来てペースを取り戻しつつあるが、今年は幾度か見失いかけた。別に見失ってもいいし、幾ら大変だっていいのですが、今回は苦痛を伴った。これは当然自分のせいで、エルンスト・ヴァツェク=トルマーのように、「養鶏人にして郵便局員、歴史家にして生き残り(サバイバー)」ではあれず、養鶏人でありつづけ、郵便の真似事をし、歴史の端っこを齧り、命からがら逃げてきたのである。
これを踏まえて、来年は少しは行動の精度をあげていかなくっちゃね!


「これがあのいまいましい世界という名の突風なんだと僕は思った。それはもしまっこうからぶつかってこなかったとしても、背後からとてつもないスピードで我々を押し出そうとするのだ。そしておそらくは舵さえも奪ってしまうのだ。」


「何と不完全。何と滑稽。何とシンプル。そしてまた、何と哀れなるかな。」


熊を放つ』より



先週は、北園克衛と橋本平八展@世田谷美術館、
ストローブ=ユイレ「あの彼らの出会い」@アテネフランセ、
トウヤマタケオ+mama!milk@ヨコハマ創造都市センターを観ました。
あと、先月にアンヌ・テレサの踊る「3Abschied」と、クリストフ・マルターラーの「巨大なるバッハ村――ある永続のコロニー」を観たことを、備忘の為に記しておく。








9、10、11月は本当にハードな三ヶ月だった。
ここで倒れたら、全てが滞って大変なことになる、という切迫感から、体調を崩すことなく何とか乗り切って(関係者には多大なご迷惑をかけつつ)、あら、このまま年を越せるかしら、と思っていたけど、そんなに甘くはないなぁ。
発熱し、胃痛に悩まされております。
来週末は北九州行きだし、まだダウンしているわけにもいかないので、スープを飲んで、静かにPCと対峙しています。カチカチ。
しかし、身体が弱まると、当たり前のように欲望も萎えてくる。三ヶ月も欲望から遠く離れ、仕事に耽ったのだから、冬服でも買いに行って、愉快な映画を観て、美味しいフグでも食べて、適温の温泉に浸かりたい、と思っていたのだが、今はただ眠りたい。



装苑 2011年 1月号』(11月27日発売号)の「ミナペルホネン 一〇一のことば」の紙面を担当しました。
16Pにわたる特集で、ミナペルホンネンに関わる73名の方々からの質問と皆川明さんの答え、26名のスタッフの言葉、三宅一生さんとの対談など、多くのテキストと図像が要素だったので、心地よいmessy、ということを考えました。
その中で、2011春夏の新作コレクション、ミナペルホンネンのアトリエ、ショップの写真を、敬愛する写真家、アンダース・エドストロームに依頼しました。
詳細はこちら


12/4-5と北九州市で開催される、東アジア文学フォーラム2010の制作物を担当しました。日中韓の作家、詩人などが一堂に会し、シンポジウム、朗読会などを催すのですが、ポスター、チラシから始まり、プログラム、資料集、朗読会テキスト集など、とにかく制作物が多かったので、それらに、一定に流れる通低音のようなものを組み込んだ(つもりです)。
出演者、詳細はこちら


また、フォーラム開催に併せて、韓国中国の文学選集がトランスビューという出版社より刊行されます。こちらのお手伝いもしました。韓国10人、中国6人の作家の作品を、それぞれの作風をイメージしつつ分冊にし、分冊が編まれ、函に入った時に、全体としてある世界が浮かび上がる、そんなことを考えました。
日本の作家が中国、韓国で同様の形で紹介されるなど、第二弾、第三弾と続いていくと面白いのですが。


フォーラムから出版へと繋がる特殊なケースにおいて、制作物は全体を通して統一感が生まれるようにしたいと、詩人の平出隆さんより、お話をいただきました。
実は、平出隆さんは大学時代の恩師であり、今回ご一緒にお仕事が出来たことは、とても嬉しく、光栄なことでした。








フランツ・カフカ『世界文学全集29 城 変身』河出書房新社/1962年
小島信夫『アメリカン・スクール』新潮社文庫/1967年
村上龍『限りなく透明に近いブルー』講談社文庫/1978年
レイモンド・カーヴァー『必要になったら電話をかけて』中央公論新社/2004年
多和田葉子『犬婿入り』講談社/1993年
村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』新潮社/1994年
ロラン・バルト『零度のエクリチュール』みすず書房/1871年
ヴォルター・ベンヤミン『ベンヤミン著作集6』晶文社/1975年
三浦雅士『考える身体』NTT出版/1999年
柴田元幸+高橋源一郎『小説の読み方、書き方、訳し方』河出書房新社/2009年


「奇妙な文体に惹かれる。不安を与えられながら、同時に笑いが込み上げてきたり、酷く暴力的でエキセントリックな描写なのに、通低音のように静かな空気が流れていたり、淡々と語られる背後で驚異的なスピードで時間が進んでいたりする。文字を追っている最中、ずっと耳元で囁かれているような感覚を持つこともあれば、読後にどこか別の場所へ移動してしまっていることもある。"日本語"を読みながら"日本人"から遠く離れたりもする。
これらは、文体の持つ"属性"みたいなものによる作用だと思うのだが、よく分からない。きっと作者だって、そんなこと分からないだろう。ただ、そこには、高橋源一郎が「『固体』としての小説と『気体』としての小説と『液体』としての小説、それらを繋ぎ合わせている『ひとつのより大きい』何か」と呼ぶものがある。"タイポグラフィ"は、その変容する"何か"が他者の身体を通過し、もう一度変容した結果ではないだろうか。」


(『idea #343』、「タイポグラフィをめぐる書物」寄稿)








魔の10月が終わった。と思ったら、結局は悲劇の11月が始まっただけだった。
しかし、クートラスの熱が、何とかこの壊滅的な日々を生きながらえさせてくれたろう。ありがとう。
今は、電車やバスに乗る際にチマチマ読んでる、村上龍の新刊『歌うクジラ』が、自由を感じさせてくれる。ありがとう。
引き続きご迷惑をおかけしている皆さん。ごめんなさい。


どれも酷く遅いお知らせですが――、


装苑』(12月号、10/28発売)にて、4Pのロベール・クートラス特集が組まれ、その紙面のデザインをしました。カメラマンの安田さんとアシスタントの方、編集部の松丸さんのおかげで、良い特集になっていると思います。是非ご一読ください。

先々週の朝日新聞にて、近代美術館研究所員、保坂健二朗さんによる『僕の夜 Mes Nuits』の書評が掲載されました。素敵な文章。
保坂さんのことは、『すばる』での連載、画家の日高理恵子さんとの対談を拝聴し、すぐにファンになった。
読み落とした人は要再読。朝日はとりません、という人は、古紙回収の日に街を徘徊しましょう。切り抜かれている可能性大ですけど。

Gallery SUCOWBOOKSでの展示が終わり(POSTALCOは来年まで)、京都の展示の準備が始まります。
驚くようなスピードで広がっているクートラスですが、岸真理子さんによって静かに保たれたその灯火が、一時の風で燃え盛り、消えてしまうのではなく、作品や本に触れたそれぞれの手元に、小さな火種として残り続けていくことを願います。


高知県立牧野植物園にて開催されている、「樹と言葉」展、第一会場の会場構成と併せて刊行される書籍『樹と言葉』(エクリ刊)のデザインを担当しました。
神話、民話、小説など、古今東西の書物より、樹について書かれた言葉を集めた展覧会で、言葉のセレクト、編集はエクリです。第二会場は、松浦弥太郎さんの物語、版画家の松林誠さんの画で構成されています。
関連イベントとして、大貫妙子さんのライブがあり、このチラシは秋山花さんにイラストを描いていただき、制作しました。秋山花さんは、今週末よりIDEE二子玉川店にて、展覧会をなさるそうです。こちらも是非。


写真家、津田直さんの新作写真集『Storm Last Night』(赤々舎刊)のお手伝いをしました。
「風景が信仰の対象だった古代を、アイルランドに辿る旅。」(帯文より)
11/13には、gm tenにて、11/28には、AKAAKAにて、トークイベントがあります。
是非。


建築家の隈研吾氏が手掛けた、下関の「川棚の杜」にて、阿部海太郎さんのピアノソロライブが行われます。チラシのデザインを担当しました。
企画は、隈事務所で設計を担当された藤原徹平さんと増崎まほさん。川棚の建築を巡るバスツアーもあります。私は行けないのですが、皆さまは是非!


モンキービジネス vol.11が「幽霊、影、分身」特集でした。
ARICA新作公演『house=woman 家=女』@歌舞伎町A to Zには、延々と話し続ける、奇妙で可笑しい亡霊(と思われる)女が出現しています。
明日12日13:30に追加公演が決定しました。他の日は既に完売なので、まだご覧になられていない方は、必見。

それでは、また。









先週末高知行き。牧野植物園にて、来月の展示のためのシュミレーション。カツオがべらぼうに美味い。土曜、帰京後そのまま、トヨダヒトシさんのスライドショーを観に、gm tenへ。身体がギッチギチだったので、銭湯を求め広尾まで歩く。あっちぃ。が、それで何とか気力を持ち直し、会場へ急ぐ。新作「白い月」を鑑賞。ウトウトしてしまう。その後、BOOK246の店長Tさんが退職されるとのことで、お別れ会に顔を出す。が、心身ともに疲弊しているところに、日本酒を浴びてしまい、翌朝破滅的な寝起きを迎える。Antony and the Johnsonを聴きながら、水をガブ飲みし、むぅと唸りながら、PCをカタカタ叩く。夕方、前日に引き続き、gm tenへ。今度は「黒い月」鑑賞。が、もはや体力の限界か、さらにウトウトしてしまう。目黒まで出て、うどんを食し、バスで帰宅。朝まで、のっぴきならぬ作業に従事。週が明ける。あぁ、もう秋である。


今年は、夏がいつまでたっても終わらなかったおかげで、デスクの上の『風の歌を聴け』が、まだ扇風機の微風でペラペラと捲れている。今夏で何回読み直したか分からないが、雨が続き、昨年からじっくりと進めてきたプロジェクトが幕を開けることで、季節を感じています。


フランスの画家、ロベール・クートラス、初の作品集『僕の夜 Mes Nuits』が、10/12、エクリより刊行されます。
クートラスは、85年に工房兼生活の場だったパリのアパルトマンの一室で55歳で亡くなりました。彼が「僕の夜 Mes Nuits」と呼び、夜々描き続け、その数6000枚にまでのぼったカルトという手札サイズの作品が、現在も2000枚ほど、パートナーだった岸真理子さんの手元に残されています。
美術史に名を残さず、未だ知られざる「天才的な職人」(ジャック.ヤンケル)、「アナーキーで、哲学的で、内気で孤独な、冒険者」(岸真理子)、ロベール・クートラスという人間の作品集を発行し、展覧会を開催するにはどうしたらいいか、昨年末、そこから話は始まりました。本を出すこと、展覧会を開くこと、そのこと自体の意味、方法を模索しながらのプロジェクトでした。是非、展覧会に足を運んでいただき、本を手に取ってみてください。


ロベール・クートラス作品集『僕の夜 Mes Nuits』
文/小池昌代 写真/内田芳孝+岡野圭・平地勲 発行/エクリ


・展覧会
Gallery SU(10/10〜10/30)
COWBOOKS南青山(10/13〜11/3)
POSTALCO(10/13〜2011.1/8)


・イベント
gm ten
10/10 堀江敏幸トーク「無神論者の聖人」
10/11 中島ノブユキライブ「パリの人、風景」
10/16 小池昌代トーク「カルトと物語」
10/17 中村好文トーク「作家と"巣"」


作品集、展覧会、イベントの詳細はこちら


※『暮しの手帖 2010年10月号』にて、クートラスの特集が掲載されています。
撮りおろしの写真は、鈴木理策さん。こちらも是非。



+最近のこと。



ロベール・クートラスをメインに扱うギャラリーとして、10月10日にオープンする、Gallery SUのロゴ、マーク、HPのデザインをしました。


オープニング企画展はもちろんのこと、今後の展覧会も要チェックです。
Gallery SU HP



二期倶楽部の広報誌「letter from nikiclub」のvol.3。
テキストはいつもの通り、文筆家の佐伯誠さん。テーマは、「贈与」。
印刷は、活版印刷の工陽さんです。



idea アイデア』#343(10/9発売号)、
「タイポグラフィの指針となった本」というテーマで、アンケートに答え、寄稿しました。宜しければ是非。








どうも。
額・須山・関節症です。ガキガキ。


随分前だけど、実家に行った際に、テレビを見てて、
水泳の国際大会で北島康介が優勝したニュースをやっていました。
ボケーっと見てたのだが、次の瞬間、右手に持ったアイスをぽとりと落とす。
以下、とあるスイミングスクールでのやり取り


レポーター「北島選手が優勝すると思っていましたか?」
小学生の女の子「はい、信じていました」


小学生が、レポーターの望む、受けこたえをしている。
こう質問するので、こう答えてくださいね、というやり取りがあるのか、
いや、なくても、あいつらはもう正解を知っている。
このまましっかり成長すると、「感動を与えられるように頑張ります」とか、
「人の役に立つ仕事がしたくて」といった台詞まで、バッチリ言うことができるようになる。
最近、「そのお仕事はどういった経緯で」といった質問をよく受けるし、
とにかく何でもいいから、安易なストーリーが必要なのだ。そこには。
この場合、そんな質問をされない、というのが最適解のふるまいで、
私としては、質問を受けた自分自身が情けなくなるのだが。


床に落ちたアイスは、液体になり、蒸発し気体となり、
目に見えなくなったが、この際、甘さはどこへいっただろう。


さて、気づくと、半年以上、HPを更新していませんでした。
少しだけアップしました。併せて、以下ここ最近の仕事です。



mina perhonen、2011 S/S Collectionインヴィテーションのお手伝いをしました。
函です。中にはなんと、何も入っていません。
けれど、情報はしっかり入っています。


Theater Cmpany ARICAのHP、リニューアルデザインをしました。
プログラミングは、私の兄と山田あずささんにお願いしました。
そして、待望の新作公演を10月末新宿歌舞伎町にて、なんと全13回公演行います。
チラシのデザインを担当しました。メインの写真を建築写真家の坂口さんにお願いしました。是非、お越しくださいませ。以下、公演情報です。

ARICA新作公演
「house=woman 家=女」
日時/10/28~11/14(間に休演日あり)
会場/A to Z(新宿・歌舞伎町)
料金/前売り3,000円・当日3,500円・学生2,000円
さらに、詳細はこちら


mama!milk、6月に代官山で行われた「初夏の夕」に引き続き、
10/1に青山のCayで行われるライブのチラシをデザインしました。
今回のテーマは「秋の夕」とのことで、前回と同様、秋山花さんにイラストをお願いし、同じ時間と場所の、水平と垂直の視点を描いてもらいました。
詳細はこちら


10/23より、高知県立牧野富太郎植物園で開催される「樹と言葉展」の関連イベント、大貫妙子ライブ「語りかける樹、歌う言葉」のチラシデザインをしました。
こちらも、イラストを秋山花さんにお願いしました。
東京からでも是非お越し下さい。チケットは好評発売中です。
メインイベントの「樹と言葉展」では、会場構成、会場で販売されるブックレットのデザインもします。そちらは、またおって。


あと、9月16日より八戸市美術館で開催される「ICANOF」展に詩人・批評家の倉石信乃さんと共作で映像作品を出品します。まだ出来てません。

他、10月刊行に向けて、5冊の本が進行中で、
まずは昨年からずっと進めてきた、フランスの画家、ロベール・クートラスの作品集が出ます。展覧会とイベントも企画中です。お楽しみに。


「語り手の『思考』は、語り手が話す間は空虚である。...テクストそのものの外部で思考が形成されることはない。語がわたしたちの精神のすみずみを占め、わたしたちの期待にぴったりと重なり、語りの必然性を感じる。わたしたちはそれを予見することができず、語りに魅了されているだけである。語りやテクストの終わりは、この魅惑の終わりである。...」(メルロ=ポンティ『知覚の現象学』「表現としての身体と言葉」より)







雨がザッと降って、風が吹いて、夏を連れ去った夜に、
ビールを飲みながら、窓を開け放って聴いた。
どんな音が鳴っていたのか、今はもう覚えていない。
ただ、短い音の断片が、"元の場所"に戻れず、"ここ"に取り残されている。
それだけで、"ここ"は"さっき"と随分と違う世界になったようだ。
また明日、あるいは窓を閉め切った冬の寒い日にも聴いてみよう。
その時にも、何も記憶を作らず、また別の断片を残していくだろうか。
おそらく、そうやって、"物語"は長い時間を読み継がれてきたのだ。


(CD『apart my surround』に寄せて)









お知らせ

14、15日はメールが不通です。
どうぞよろしくお願いします。

gm projectsAKICHI RECORDSの山崎真央さんがプロデュースされたcd、『apart my surround』にコメントを書かせていただきました。

ストーリーはいつも覚えていない。(退屈なものは腹立たしいので大体覚えてる)
ただ妙な細部を思い出す。ストーリーに全然関係のないような。
そういったものが物語足り得、消費されずに残っていくのかもしれない。

「俺たちに欠けているものは細部(ディテール)なんだ」(ジョン・アーヴィング『熊を放つ』訳/村上春樹)



フィンランドからやってきたハンナとヨッカが、四ヶ月の滞在を終え、帰国していった。大相撲見たり、天ぷらや回転寿司を食べたりして、最後は、肉類がダメな彼らと一緒に、武蔵のラーメンを食べました。

Arts Chiyoda 3331へ行き、
小山泰介さん、GPの深井佐和子さんと会う。
ZINE'S MATEでは、中村至男さんの冊子「7:14」を買いました。
これすごくいいなぁ。ページを一定方向に捲っているのに、グルグル回る。
ご本人がお店番してらした。ZINE'S MATEはそれが楽しい。

もう既に、夏の終わりを感じているけれど、
今年は本当に冷房入らずだったな。
一度だけ入れてみたら、鼻水が止まらなくなったので、
これはいけないと思って、扇風機を買った。
だからか、体調はすこぶる良い。
しかし、やる気は足りない。ご飯食べない。顎痛い。引き続きブーブー言ってる。

仕事はどれも進行中で、書くことがありませんです。
とにかく慢性的に仕事が遅れ気味です。ごめんなさい。



そんな中、
フェリックス・ティオリエ展@世田谷美術館
綿矢修展@RAT HOLE GALLERY
ペドロ・コスタ@ユーロスペース
スアール・アグン公演@ゆーぽーと
とかを時折観てました。









兄の飼っている猫が子供を生む、ということで一匹が我が家にくる予定だったのですが、三匹しか生まれなかった、との理由で、話がナシになりました。
おそらく7月半ば頃にやってくるだろう、という予定で、そのために仕事を調整し、猫勉強し、名前を考え、排泄の場所まで決めていたのに、ヒドい話です。
てゆーか、三匹生まれているのにウチに来ないって、どういうことだ? 優先順位的な何かか?
まったく、腹立たしい。ニャー!!



皆川明さんがチーフデザイナーを務められ、オリジナルの図案によるファブリックから服や小物を制作されているファッションブランド、minä perhonen
毎号デザイナーを変えて、制作されているシーズンカタログ『紋黄蝶 』の「2010 A/W Collection」を担当しました。
写真は、ドイツ、スイスでアートプロジェクト企画運営と作家活動をされ、現在は淡路島にて、廃校を改装した、ギャラリー兼カフェ「ノマド村」を主宰されている写真家の茂木綾子さんにお願いしました。
一つ一つの服に物語があるのではなく、それを着た人の時間の中に物語が生まれる、そんな印象を、頁によって一方向に進んでいく本という形体に、新しい時間の「形態」と「形体」として、吹き込みたいと思いました。一日は24時間だけれど、朝が長い日もあれば、夜が長い日もある。一日が終わり、眠っている脳の中では、時間は記憶の為にシャッフルされる。頁捲り、本を閉じると、シャカシャカときられたトランプのように、時間軸が交差し、頁を捲った人それぞれの『紋黄蝶』になります。


併せて、2010 A/Wのイメージ映像のDVDパッケージ、シーズンDMのお手伝いもしました。まもなく、白金店、京都店、各書店に並び始めると思いますので、手に取っていただければ、幸いです。



アイデアの久保さんより、ご自身が担当された「有山達也の対話」が特集の『アイデア #341』をお送り頂く。
内容は、有山達也さんと彼と恊働する人たちとの対話、その仕事郡のイメージが掲載されているのだが、テキストとビジュアルがお互いの補完関係にあるのではなく、それぞれ独立しながら、ページを捲る行為の中で自然と関係を持っていく。これは、かなり難しいことで、構成と編集は相当周到にされていると思うが、なるほど、これは有山達也さんのデザインをそのまま編集に持ち込んだのだのかもしれない。それは、手法ではなく、感覚のことだけれど。


トラフの鈴野さんより、川崎市民ミュージアムの横山裕一展のチケットを頂く。
マンガは頁もので、そこには時間がある(展覧会名は「私は時間を描いている」)
養老孟司曰く「マンガの「絵」は表意文字であり、「ふきだし」は表音文字である。」
しかし、横山裕一の漫画は、文字でも絵でもなく、ただの風景だ。しかも、風景をコマで割り、音を執拗に鳴らすから、ことさら奇妙。トラフによる会場設計は、その流れる風景と時間軸を巧みに表していたと思う。
『紋黄蝶』で、一日の時間の流れと記憶、その制約と解放のことを考えたけれど、太陽や月による時間とは別の時間が、この展示には流れていただろう。


他、こんなものを観ました。
ユトリロ展@損保ジャパン
mama!milk「初夏の夕」@代官山、晴れたら空に豆まいて
パリ20区@岩波ホール


千葉市美術館で始まる仮面の展覧会、観に行きたい。









NGATARI主宰のイベントLinusに来てくださった方々、ありがとうございました。
阿部海太郎さんがMCで、マレイのことを凄く褒めてくださった。
だからじゃないけど、阿部さんはとても優しい。
笑顔と声の粒子がパチパチと弾けて、心地よく頬に当たる。
演奏中にはそれらがうねりとなって、緩急をつけて続いていく。
短いMCを挟んでいるのに、それさえも楽譜に書いてあるかのように、さっきの曲と今の曲が唐突に繋がったりする。それはズッと地続き、というのでもなく、道がなくて地点だけが記してある自由な地図みたいで、楽しい。
終演後、次回作のお話を少しだけお聞きし、それが心から楽しみになっています。

各界から素敵な「Nebular for Thirteen」へのコメントが届いています。



昨年8月から今年の1月にかけて15回行われた、「Dialogue and Stuidies in XXX」@ワタリウム美術館の続編。
本日5/30、16回目が企画者の藤原徹平さんが教鞭を執られている横浜国立大学にて開催されました。(行けなかったけど)
今回の対談は、建築家の原田真宏さんと作家の小林エリカさん。
タイトルは「伝播する力」。こうして緩やかに連続していくのはいいですね。
しかし、本当に急に決まったことなので、チラシもそんなデザインにしようと思いました。スピードがテーマなのではなく、スピーディーに作りました。


「心とは脳のプロセス上の産物にほかならない。...物体ではない。車を部品に解体したところで「スピード」というのもがどこにも現れないのと同じことである。スピードは車の動きの状態のことだ」(『海馬―脳は疲れない』新潮社)



2枚の新しいアルバム「Parade」と「Quietude」を出したばかりのmama!milk(アコーディオンとコントラバスによる二人組のユニット)。
6月より各地でライブが行われますが、東京では、6/24に代官山の「晴れたら空に豆まいて」にてライブがあります。(この日は、Double Famaus、LITTLE CREATURESの栗原務さんをドラムに迎えてのトリオ)
そのdmを、NGATARIのライブに続き、イラストレーターの秋山花さんと一緒に作りました。
mama!milkの音を聴いていると、今、演奏されている場所にいるのだと錯覚するほど、濃密な空間を感じます。初夏の植物の緑が、光の移り変わりとともに、場所、物質に映り込んでゆく、というイメージで制作しました。
詳細はこちら



6/5、6にClaskaで行われる「D♥Y」というイベントに参加します。
京都アートフェアでもお世話になったデザイナーの橋詰宗さんと、ユトレヒトの江口さんにお声がけいただき、会場にジアゾプリンターを持ち込み、その場で葉書や切手、本の見開きなどを青焼きにし、「一つだけの複製物」を作ろうと思っています。
詳細はこちら



5月前半に淡路島へ撮影に行き、帰京した後くらいから、様々なことに急き立てられ過ぎて、身動きも取れないぜ!とブツブツ言っているのですが、振り返ると、
フィンランドからやって来たハンナとヨッカを大相撲へ案内したり、
オペラシティで猪熊弦一郎展を観たり(会場構成が気持ちよくて、あれ位コンパクトなのがいいです。展覧会で始めて年譜をしっかり読みました。)
村井正誠記念美術館で、阿部海太郎さんのライブを拝聴したりしてます。
しかし、体力の限界が訪れ、今週のエポカ・ヂ・オウロの公演に行けなかったのは無念だった。。
とうとうここ何日かでボロが出てきたようで、いくら寝ても眠いです。


「信じるよ」と僕は言った。「ぐっすり眠って起きればもっと信じるようになれると思うよ。」(「眠い」『カンガル-日和 』より・村上春樹)







5/7~9に、ホテルモントレ京都にて、京都アートフェアというイベントが行われます。多くのギャラリーが集うアートイベントのようですが、books hopという魅力的なグループが出展します。その主宰者のひとり、橋詰宗さんにお声掛けいただき、『Fish Mouths』『Transforming Matter』などを出品します。


日時/2010年5月7日〜9日
場所/ホテルモントレ京都
詳細はこちら








Theater Company ARICAのHPを目下リニューアル中。秋に新作、来年2月には、横浜で「KIOSK」を再演予定で、HPも6月下旬には完成します。
その打ち合わせの際に、女優の安藤さん、美術家で音楽家の高橋君に、今年の「ARTIST FILE」は面白い、と伺う。
そう言われたると、ムズムズと見たくなってしまい、観ようと思っていた、ユーロ・スペースのアレクサンダー・ゲルマンを諦め、国立新美術館へ。
オランダ人作家、アーノウト・ミックの作品で立ち止まる。なにこれ。
だだっ広く正方形に近い空間に、道を作るように二つの大きな壁がある。一つにはひどく横長の映像が投影され、その向い側に、二つの映像がほとんどくっ付く形で流れている。不思議な映像だと思う。
横長のものは画角が通常ではないし(1:8くらい)、ドラッグストアや空港のセキュリティチェック、牧場の奇妙な光景を映す「眼」の高さも変で(2m50cmくらい)、視点もゆらゆらと動いたり、急にスピードを上げ、気味の悪い緩急をつける。様々な要素がほんの少しずつズれている。
「神」の視点があるとしたら、こんな画角と高さと動きを持った眼だろうか。その違和感への到達の為に、インスタレーションも含め、恐ろしく緻密に構成されている。馬鹿馬鹿しいことを本気で行うのは、体力がいるが、大体素晴らしい。



先週末は、POSTALCO京橋Shopへ、NYのセレクトショップ、KIOSK展示を観に行く。世界各地で集められたものたちが陳列されているが、それらに脈絡はいっさいないし、およそモダンなセンスからはかけ離れてるものばかりだ。釘のサンプルセット、offのないon/offスイッチ、船のスクリューのようなパイ・カッターetc。
しかも、それぞれの商品にコピーと呼ぶには長過ぎるテキストが付いている。商品の説明というより、どこで、何故買ったか、自分がどんなように使用しているか、商品にまつわるKIOSKの(私の)「視点」だ。
拡声器で耳元に商品のPRをされ、口を抑えられ文句を言うことすらできずに、強引に鞄の中へ商品を突っ込まれている日々の中で、この「効率が悪い」とさえ思われる、KIOSKの販売と商品と慎ましい物語は楽しい。この際、財布から出ていったお金が何に支払われたのかは不明だが、それも悪い気はしない。



gm tenへ打ち合わせに行く際に、すぐ近くのtake ninagawaにて、松本力さんの展覧会「終わりを照らすもの1」を観る。ちょうど松本さん本人とお会いできて、作品についてお話を伺う。あれだけ、客観的で明瞭に、しかも抑制的で、謙虚なアーティストトークは聞いた事がない。しかも、その言葉が、目の前にある作品を補足も増幅もさせない。gm tenでの、オルガノラウンジとのライブ・パフォーマンスを観られなくて、残念だったが、何年後かに、80分の映画を作ります、と仰った。大変楽しみである。



先日、兄、マレイの家に呼ばれ、焼酎を呷る。帰宅後、明け方に世界の終わりのような気分になるが、翌日、八朔とキンピラ牛蒡を食し、復活。ふぅ。
GW中は、クートラスの作品集の制作にどっぷり浸る。深く深く潜る。
その前に、元気をつけて、身辺を整理しようと、トンカツを食べ、小池昌代さんの『屋上への誘惑』を読み、レシートをまとめ、銀行に寄り、細かい作業に従事していたら、ササッとGW一日目が終わった。。







優れた音は、予めそこにあったような音として、流れ出す。Penguin Cafe Orchestraの音楽は、いつでも違和感なく、台所の食器の音、カーテンの揺れる音、外から聴こえる犬の鳴き声のように響く。しかも、日常のちょっとした事件のような、お皿の割れる音、怒ったような強風や子供の泣き声といったユーモアも含まれているから、退屈しない。仕事に疲れたら、ペンギンの給仕がいるカフェでコーヒーを飲むのだ。


(『Rookies Life』「仕事場で聴く音楽」に寄せて)








TDC2010展に、造形作家の勝本みつるさんと一緒にジャケットを制作したCDが並んでいます。が、今日観に行ったら、僕の名前のプレートの横に知らない人の作品が置いてある! 間違えちゃったようです。
TDC展は明日24日までですが、TDC局員さんの迅速な対応により、明日だけ作品が展示されます。お近くにお寄りの際はぜひ。
また、勝本みつるさんの個展ガリレア・グラフィカ・ビスで5/17から始まります。こちらはもっとぜひ。

5/7~9に、ホテルモントレ京都にて、京都アートフェアというイベントが行われます。多くのギャラリーが集うアートイベントのようですが、books hopという魅力的なグループが出展します。その主宰者のひとり、橋詰宗さんにお声掛けいただき、『Fish Mouths』『Transforming Matter』などを出品します。GW明けに京都へ行かれる方はどうぞ。

あるフリーペーパーに、仕事中によく聴く音楽、あるいは20歳の頃に聴いていたというお題目で原稿を書く。僕が信用できないほどにコロコロ変わるので(僕はこのことを信用するが)、が故に、20歳の頃に聴いていた音も、今聴く音もあまり変わらない。Penguin Cafe Orchestraは、聴者の変化にも寛大だ。原稿はご依頼通り200字ピッタシ! 詳しくはこちら

1Q84 BOOK 3』が読みたくてしようがないのですが、読む時間が取れず、買ったまま放置していると、家に来た兄に強奪される。これはお知らせでもなんでもないです。ただ悲しい。。



4/18のNGATARIのライブにお越し下さった方々、ありがとうございました。何だか、勢いで最後まで押し切った感はありましたが、あれくらいでいいような気もします。若いんだし、野蛮にいこう、野蛮に。
しかし、凄い人だったな。誰もいなかったらどうしよう!と思って、方々にお声掛けをしたのだが、杞憂でした。78,000人の聴衆に感謝します。5/16のライブにも是非お越し下さい。
ライブ映像はこちら


4/18は、ライブの前に、now ideaへ。
nievesの展覧会をやっていて、奥のギャラリーでは、Stefan Marxの展示、外のカフェでは、その場でポートレートドローイングをしていて、ブックスペースに、nievesのzineがところ狭しと並んでいる。全体が奔放だから、逆にそうした統一感があって、とってもnow ideaらしい、無邪気過ぎるくらい開かれていて、気持ちのよい時間、空間。
ユトレヒトの隠れ家「35.64474 139.70057」も観に行く。
小林エリカさんと前田ひさえさんの展示。マンションの屋上からさらに螺旋階段を登ると、ゆっくりと現れる基地。夜は真っ暗で、ロウソクの灯りに立ち現れるドローイングたち。
now ideaの本性と、オープンな隠れ家を体験し、やはり江口さんの空間の発見と変容のさせ方は、ほとんど動物的と言っていい位、その嗅覚は素晴らしいと思う。
江口さんを介して、nievesのベンジャミンとお話しする。シャイでナイスガイ。
しかし、ほとんど英語が聞き取れず。。マズいなぁ。。







TDC2010に入賞したCD、『GREEN』(アートワークは造形作家の勝本みつるさん)が、TDC展2010に出展されています。








新しい年度が始まり、秋から年末に向けて、様々なことが動きだし、この身一つで大丈夫かしら、と、心臓がバクバクと唸りだし、ひとまず自宅近くの公民館で行われる「太極拳初心者教室」に申し込んでみるが、1回目寝坊して、行かれず。。



その1
秋にエクリより、ロベール・クートラスというフランスの画家の作品集を出版します。それに併せて、展覧会を開催します。東京(数カ所)、京都、松本と巡回する予定です。
クートラスは、ティッシュの蓋やボール紙を画布として、カルト(carte)という手札大のカードに様々な絵を描き、それらを「僕の夜 Mes Nuits」と呼びました。6000枚にも及んだカルトは、今も2000枚程が残されています。
1985年に、55歳でこの世を去ったこの画家のことを語るのは、簡単ではありませんが、編集者、ギャラリストと一緒に、もう一度彼をドキュメントしなおすために、本の刊行に先駆けて『Coutelas Journal』という冊子の制作を始めました。
どうやって本を読者へ届けるか、そのことにいつも腐心していますが、周りがうるさいからといって、大きい声を出したり、声色を変えてみたりするのではなく、違う場所に行って、充分に聴こえる声で語ること。『Coutelas Journal』は、未来の読者に向けた「小さい声」でもあります。
vol.1を4月に発行。都内各所でもらえます。(vol.1は、佐伯誠さんのエッセイを記載しています。)


その2
これも秋ですが、10/23より牧野富太郎植物園で開催される「樹と言葉」展の展示ディレクションと、それに併せて制作される書籍のデザイン。
展示は、様々な「樹」にまつわる言葉で構成される予定で、同時に大貫妙子さんのライブ、細野晴臣さん、松浦弥太郎さんのトーク、いしいしんじさんのパフォーマンスなど、様々なイベントも企画されています。詳細が決まりましたら、またお知らせします。


他、色々進行中。




年に4回発行している、水にまつわるとあるPR誌の表紙撮影のため、毎号写真をお願いしている島製作所へ。昨年のテーマは「湯気」、今年は「波紋」です。

バリ島巨大竹製ガムランの「ジェゴグ」チーム、スアール・アグン芸術団が8月に来日、その公演の広報物を目下製作中。
資料のDVDを鑑賞、大変面白い。奏でられる4つの音階は、「方位」と「色」を持ち、それぞれに神が宿るとされているらしい。本来備わっていて、今は眠っている感覚が呼び起こされるような重層的な響き。生で聴くのが凄く楽しみです。

ガタリのライブが4、5月とあります。詳細はこちら
4月はprogressive from主宰で今週末にspiralのcayで。
5月のライブのdmをイラストレーターの秋山花さんと一緒に作る。
表裏のないDM、一つの風景を二方向から見ているような一枚の紙、というイメージで、制作しました。now ideagm tennadiffなど、都内各所に置いてあります。dmを手に取って、是非ライブへお越し下さい。



Nataria Lafourcadeのライブ@gm ten
小野竹喬展@近代美術館
ビフェ展@目黒区美術館
Taylor Deepreeeのライブ@目白自由学園


竹喬、晩年の作品の異常さは凄い。光りがビカッ。赤は真っ赤っか。
しかし、初期の作品から時系列に沿って眺めていくと、手法とか描き方の問題ではなくて、おそらく本当にあのように見えて描いていたのだと思えてくる。そうすると、大変愉快で、笑いなしには見られない。素敵な爺さんだったろう、と思う。


ビフェ、恐ろしく疲弊したような絵だけれど、見終わった後に、自由とか希望とか、そういった類いの単語を感じる。素晴らしい傷だらけの絵。
希望を描いた作品は最悪の可能性が高いが、希望を内包した絵というのは、不快ではない。少なくとも、僕は少しだけ元気になって目黒川を歩いた。


小池昌代さんの『井戸の底に落ちた星』を読んでます。楽しい。


しかし、眼痛が酷いです。。
めぐりズムを多用しています。









ユーロスペースにて、
ジャック・ロジェの短編と、エリック・ロメールの『緑の光線』を観る。
平出隆さんの『家の緑閃光』という本があったな、と思い出し、Brian Wilsonを聴きながら、味噌ラーメンを食したあと、読む。


また、オペラシティにて、セシル・バルモンドの展示を観る。
コールハースのドキュメント『行動主義』に記載されていた彼のインタビューが凄く面白かったという記憶があった。展示を観て、UniversやFrutigerを作ったタイプデザイナー、アドリアン・フルティガーの木版画を思い出す。彼は、ライフワークとして、植物や石の形態と形体を観察し、木版画に起こしている。よく分からないが、それは書体制作に重要なエクササイズなのだろう。
行動主義』を引っ張りだすと、こんな箇所に線が引いてある。


「ちょうど目に見えている色は限られていて、それ以外に紫外線や赤外線をはじめとした大きな不可視の領域があるのと同じように、パターンには具体的に見えない部分がたくさんある。しかし、われわれはものを見るときにそのパターンを通して見ているんです。...」


しかし、展示自体は、かなり難解で苦しむ。おそらくいつもの脳の使い方じゃダメで、一つ一つの字体は判読できても、それらをテキストとして上手に繋げることが出来ない。理解から遠く離れてしまった場合は、ひとまず手持ちのモノサシやコンパスを使用しないに限る。
バルトークを聴きながら、トンコツラーメンを食したあと、『informal』を読む。



ワタリウムのトークの打ち上げにて、『鈴木先生』の異常さと重要さについて、隈事務所の藤原さんと話す。
彼は、あれは「脳に関する壮大な物語」だ、と仰って、なるほどな、と思う。いつも夥しいほどのテキストが吹き出しに埋め込まれているが、ストーリーを補完するために画があるのではなく、また、画自体がストーリーなわけでもない。というか、ストーリーは特にない。あるのは、脳の状態で、それがその「状態」と分かる時には、常に「言葉」で考えた後であるから、異常な数の言葉と目の前の風景がそこにある。そこに印刷されているのは、目を背けたい「状態」ばかりだ。が故に、恐ろしいのは、登場人物全員に自己投影の可能性を孕んでいるということだろう。


そして、暴力と善意、それにまつわる速度について話したと思う。
3/19から3/20になった頃だった。









先日、とある展示に赴いた時の話です。
恐ろしく混むと、予め知人から聞いていたものですから、20時まで時間が延長している金曜、それも閉館前に行きました。しかし、その展示が日曜美術館で放映されたこともあり、夜でも館内は大変混み合っておりました。展示台の前を、4、5列になってゾロゾロと歩いて観る状態でした。ですが、中々間近で観ることができない作品郡を一目見ようと、その破滅的な空間に、意を決して私も飛び込みました。
ストレスフルな状態ではありましたが、作品は期待に違わぬ素晴らしいもので、一つの水墨画に溜息を漏らしていました。その時です。いきなり、大きな鞄を持った男が最前列から強引に列を抜けてきたのです。ちょうど私の前にいた和服を召した女性に鞄があたり、その方がよろめきました。旦那さんと思しき人に「失礼な人ね! 人に当たって一言も謝らないで。ホント気分悪い」と仰られ、大変憤っておられました。でも、その方の足は完全に私の左足を踏みしめておりました。


「...よく言うだろう、人類が滅んだ後に残るのはゴキブリだって、それは違う、おばさんだ」(『昭和歌謡大全集』村上龍)


「おい、おばさん。あんたが発した言葉をそのまま返すよ。痛てぇな。」
そう言おうとした時でした。一緒にいた女史が肩をポンと叩き、仰られました。
「踏まれる場所にいたあなたが悪い」
二秒考える。そうだと思う。そのご婦人同様、そういう目に遭う人は自らそういう場所に行くのである。その言葉に与し、私たちは足早に展示会場を後にした。


「武術の優先的な技法的課題は、どのようにして生存戦略上著しく不利な状況に立ち至らないかについての考察に向かう...」(『私の身体は頭がいい』内田樹)



イメージ・フォーラムにて、タルコフスキーをいくつか。
おそらく来年になるが、タルコフスキーの父であり、詩人のアルセーニー・タルコフスキーに関する仕事をすることになりそうなのと、『ストーカー』を観ていません。と言ったら、とある賢人にバッシーと叱責されたからである。
(『ストーカー』のあらすじついてはこちら
「ゾーン」「部屋」を「物語」、「ストーカー」を「メッセンジャー」と置き換えると、とてもよく分かった気がした。
「ストーカー」は「何故、お前は『部屋』に入ると望みが叶うと知っているのか、そもそも『ゾーン』の存在を誰に聞いたのか」というようなことを問いただされ、答えられることができない。「ほら、見ろ。答えられないじゃないか。そんな『部屋』なんて存在しないんだ」と言われてしまうのだが、いや、それは答えられないだろう、と思う。だって、本当に知らないんだから。何故自分が「ストーカー」なのかを。
理由やきっかけから遠く離れて、何だかよく分からない使命感があるし、おそらく続いてきたのだから続けていく。そうやって、「物語」は途切れず続いてきた。と思う。



パパタラフマラチェルフィッチュの新作をスズナリ、横浜美術館で観て、
オラファー・エリアソン長谷川等伯を21世紀美術館、国立博物館で観て、
民芸館で、「編み・組みの手技―籠・蓑など」を観ました。


お知らせ
3/15-4/15
SHIBUYA BOOK SELLERSにて、POSTLCOの展示が始まります。
併せて、『Fish Mouths』が販売されます。どうぞ是非。








忙殺、近況。


letter from nikiculbのvol.2を目下制作中。
今回のテーマは「野遊」なのだが、テキストを担当されている佐伯誠さんが、マンスフィールドの短編集、谷崎潤一郎の『細雪』を引き合いに出しながら、「無垢で、うつろいやすく、けれどもそれだけに優雅で。」と記していた。
先月亡くなったサリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』のホールデンを思い出す。



昨年、NHKハイビジョンで放送された「ヤノマミ ~奥アマゾン 原初の森に生きる~」が書籍化されることになり、その装幀のお手伝いをしている。
「ヤノマミ」とは、アマゾンの最深部で一万年以上、独自の文化・風習を守り続けている部族。その集落に150日間に渡り同居し、制作されたこのドキュメンタリーは大変反響を呼び、放送文化基金賞優秀賞を受賞。120分の拡大版が、先日まで新宿バルト9で上映されていました。
映像のナレーションは田中泯で、独特な浮遊感がありましたが、書籍では、テキストに通低音として流れている狂気に似た静けさを大事にしたいと思いました。
3月25日刊行です。



レバノンのベリーダンサー・アマーニ公演「Orjouwan オルジュワン」の公演パンフレットを制作中。
オルジュワンとは、レバノン人の礎となった古代フェニキア人が用いていた赤紫色の染料のことで、レバノン人にとっては、とりわけ重要な意味を持つ色のようです。中東では、ベリーダンスではなく、オリエンタルダンスというらしいけど。
興味ある方は是非。3/9、10@渋谷C.C.Lemonホール



しかし、忙殺、というのはおそらく嘘で、そんな合間を縫うようにコソコソと出回っている。合間があるから縫えるのだ。


恵比寿映像祭写真美術館にて、c.w.ウィンター+アンダース・エドストロームの『The Anchorage』を観る。
グッと惹き込まれる。非常に静かで、だからが故に時々音が聞こえ、風景が見えてくる。音が聞こえて、風景が見えると、物語を感じる。
ポストトークも聞きましたが、静かで、何も起きない(ように思われる。が、実は驚異的なスピードで物語が進行している)この作品を、c.w.ウィンターが、未来派宣言を引き合いに出し語っていたのは興味深いものでした。


また、私のデザインの師であり、折形デザイン研究所主宰の山口信博さんと神話研究・文化人類学者の石倉敏明さんのトークを聞きに行く。こちらもとても面白い。
折形の「つつみ」「むすび」から、アメリカンインディアンの神話、符呪へと横断し、贈与、ギフトへと繋がる話に2時間はあっという間。
石倉さんのトークには、ダイナミズムと分かりやすさがある。話の流れでどこか遠くにジャンプしていっても、点と点が星座のように繋がり、いつでも形づくってくれる。神話や贈与論に門外漢である私が惹き込まれ、話を自分の中で置き換えながら、聞くことができるのも、単語のセレクトや声の抑揚が絶妙で、その星座の形が人それぞれでもokなように話されているからだと思う。ロジカルでありながら、跳躍力があって、大変感動的なトークでした。
この日は、DEE'S HALL澄敬一展も観ました。excellent !








愚兄のユニット、NGATARI(ガタリ)が、
PROGRESSIVE FOrMより、2/17にアルバムをリリースしました。
アートワークは、イラストレーターの秋山花さんにお願いしました。
どうぞよろしくお願いします。

Nebular for Thirteen
ナビュラー・フォー・サーティーン
定価:¥2,100 
XECD-1126
2010.0217 
PROGRESSIVE FOrM

視聴はこちらから。


また、4/18(日)にPROGRESSIVE FOrM主催のイベントに出演します。
こちらも是非、ご高覧ください。

PROGRESSIVE FOrM presents New Sounds of Tokyo Vol.4
日時:2010.4.18 sun.
会場:EATS and MEETS Cay(SPIRAL B1F)
出演:ametsub / aus / ngatari and more

詳細はこちら







昨年末のARICA公演『TSUKAI』のパンフレットが、日本タイポグラフィ年鑑2010に入賞しました。


造形作家の勝本みつるさんと一緒に制作に携わったCD、『GREEN』(昨年9月発売)が、TDC2010に入賞しました。








気付いたら、仕事が随分増えていて、
現状のHPでは収まりきらず、兄にお願いして、刷新。
写真の出入りは、紙芝居風。



その兄のユニット、NGATARI(ガタリ)が、PROGRESSIVE FOrMより、2/17にアルバムをリリースします。


Nebular for Thirteen
ナビュラー・フォー・サーティーン
定価:¥2,100
XECD-1126


今回のアートワークは、兄の切望もあって、イラストレーターの秋山花さんにお願いしました。
印刷に起こした途端に、現在に描かれたものではなくなるような、物質の時間を変更する、不思議な絵だと思いました。
ある場所から、凄く遠くまでジャンプしているにも関わらず、それが繋がっている。そのことが判る。お互い違う風景を見ているのだが、同じ場所に立っていることが判る。そんな関係性があったら、「楽しい世界になるかもしれない」(「Laugh and Enough」)。


先日、朝、撮影に向かう車中で、これを聞いていたら、
寒いけれどくっきりと晴れたその日にピッタリだった。
これは午前のアルバムだ、と思いました。好天の朝に聴いてもらえたら嬉しいです。あるいは、好天にしたい朝に聴いてみてください。




レベッカ・ホルン展@現代美術館
ウィリアム・ケントリッジ展@近代美術館
クリストとジャンヌ=クロード展@design sight
フォースドエンタテイメント公演@vacant
を観る。


週末、細雪の中、東大の付属施設、小石川植物園へ。
恐ろしく寒く、園内を散策しはじめてすぐに手が凍傷になり、指がすっかりなくなったので、植物学者、柴田桂太記念館へ逃げ込む。
館内では、石油ストーブの上で薬缶が湯気を吐き、とても小さな音でバッハが流れている。東大の研究生だろうか、係員と思しき男が一人、静かに本を読んでいた。
ふと、『海辺のカフカ 』に出てくる図書館と大島さんを思い出す。
そして、植物園に図書館や本屋があったら、と考える。(動物園でも山奥の樹海でも、目的があって行った場所に、思いもよらず本屋があればいい)
そこでは、長い間なかなか読む気になれなかった本を、あるいは、知り合いから勧められたり、雑誌の切れ端に載っていたけれど、今では記憶深くに沈殿している本を、読んだり買ったりするかもしれない。「どこにでもある本」が、記憶から引き出されて、「ここで出会った本」になる。
僕はここで、牧野富太郎博士の絵をあしらった絵葉書を数枚買いました。







アイデア #339』で、独立してからの仕事を取り上げていただきました。
インタビュー含め、8ページも。散漫な語りを、丁寧にまとめてくださった、編集の久保さんに感謝いたします。
どうぞ、ご高覧のほど、よろしくお願いします。
詳細はこちら


また、『デザインのひきだし #9』で、文筆家の佐伯誠さんと一緒に制作した、『Transforming Matter』が、「ZINE特集」内で掲載されています。こちらもどうぞ是非。
詳細はこちら









2月10日発売の『アイデア #339』の中で、独立してからの仕事を取り上げていただきました。インタビュー含め8ページも。
ヒドく散漫な語りを、編集者の久保さんが、息づかいや話具合を残しながら、とても読みやすくまとめてくださいました。
書店で目にされましたら、ご高覧ください。


今はまだ、地図を広げて、「あ、この道通ったら、風景が良さそうだな」とか言いながら、マラソンの準備運動しているような状況です、というようなことを、インタビューで話した。(と思う)
地図は眼を離した隙に、紙の上で地殻変動起こすけれど、いつも大きな「地点」として、POSTALCOという運動体、村上春樹の「物語」がある。
マイク・エーブルソンの、物事を関連づける発想のダイナミックさとポエティックさ、その理由付けできない「知性」の在り方と、村上春樹の「文体」「物語」にある、ビート、声のボリューム、その響き方に、「デザイン」のヒントがあると思っている。(このことは、割に強く思ってるのに、インタビューで話し忘れたので、ここに大書しておく。)


しかし、本当は「このままじゃ、絶対足挫くし、筋肉も全然足らないし」ブツブツ..とか言い訳しているだけで、こうやって紙面に出たりすると、それがバレて(自分にバレる)、絶望する。それを、何とか未だ見ぬ風景への希望とやらで、抑えこんでいるだけだ。
動け足。働け頭。


「自分にセンスがない人は、自分にセンスがないという事実を認めるセンスがないということです。」(『翻訳夜話』村上春樹・柴田元幸)


「私のあだ名は? アマチュアよ...今まで一度だって本気で何かをやったことがないの」(『アマチュア 』キェシロフスキ)




鏡の中のマヤ・デレン」と、マヤ・デレンの過去の7作品を、イメージ・フォーラムで観る。


マヤ・デレンの作品の中には、始まりがたくさんある。(ように感じる。)
短い時間の始まりと終わりではなく、どこかから引き継いだ始まりを、またどこかに受け流すような、常に暫定的な時間のありよう。
46年の作品、「変形された時間での儀礼」の中の一時停止やスローモーション、場面転換にそれを感じたし、48年の「暴力についての瞑想」に出て来た中国武術の演者が見せた太極拳は、まさにそんな動きだった。しかし、継続性を感じさせながら終わるカットアウトは、彼女の人生のように、極めて痛々しくもあった。


「いつか君を忘れたとき/こんなことが また起きる」
(『二十四時間の情事』アラン・レネ)








インドより帰国しました。
というか、とっくにしていました。
砂埃とスモーク、霧、喧噪と匂い。
まだ、身体に熱が籠っているし、やはり脳と眼も疲れていましたが、トウキョウは待ってはくれませんので、コソコソと復帰しています。
でも、帰国したことはもうほとんどバレているので、明日から悲劇的な日々が待っています。


インドへは、ニューデリーのNational School of Drama主催の国際演劇祭にARICAが招待され、帯同してきました。作品は、東京、横浜、NYと様々な場所で上演してきた「KIOSK」。その繰り返しによって、労働がその経過した時間とともに成熟するように、「KIOSK」も変化、更新されていきました。
テクストを書いている倉石信乃さんが、詳しく(そして珍しく熱を帯びて)公演について記しています。
ああ、楽しかったな。



ワタリウム美術館の連続トークショー、全15回が終了しました。
渡印のため、残り二回を残して、建築家の中村竜治さんと美術家の名和晃平さんの回が僕のラストでした。
何より、今回の企画者で、司会を務められた隈事務所の藤原徹平さんが、建築家や美術家、音楽家たちの話を聞きながら、それらに反応していく瞬発力には毎回驚かされました。彼が、何かを紹介したり、誉めたりするときの声のトーンやリズム、語彙が素敵で、それを聞いているのも心地よいものだったです。



渡印前後で見たものの備忘録


佐内正史展@岡本太郎美術館
村山槐多展@松濤美術館
ブレッソンと木村伊兵衛、新進作家展@写真美術館
珍しいキノコ舞踊団@世田谷パブリックシアター


渡印前に見たものは覚えていないし、渡印後に見てものに関しては、判断すべくまだ脳が動き出してくれない。
喫緊の問題はそれで、ランニングして、お味噌汁と海苔と納豆を食して、銭湯に行かなければならない。ルーティーンを取り戻さないといけないです。







アリカインド公演

KIOSK - the stand

Delhi, India 2010
13th, January, 2010
at National School of Drama
Theatre Utsav 12th Bharat Rang Mahotsav Festival


帯同のため、1/11~1/17で日本を不在にいたします。







一昨年、作品集を制作し、去年は共にCDのジャケットデザインを行った造形作家の勝本みつるさんのHPを手掛けました。
展覧会、彼女のプロジェクト「odd」の写真も充実しています。
今年の5月に個展を予定しているそうです。
是非、定期的にご高覧ください。

勝本みつるHP









お知らせです。
托鉢僧として、年明けすぐに印度へ向かいます。
意を決してツルッツルにした頭がヒドく寒いです。
もうお会いする事もないと思いますが、
皆さまのご健康とご多幸を祈念しております。


というのは、大ウソで、ARICAのインド公演に帯同して、
年明けからインドに行って来ます。一週間ほどの滞在です。
NY同様に映像をやります。現地で配るプログラムも製作中!
今年もとても楽しいことと同様に、辛いこともありました。
なので、身体と一緒に余分な記憶をリニューアルする旅になってほしいです。


というように、一年の終わりを、何故か様々なことの区切りにして、新しい日々が始まるのだ、と思いたいけれど、そんなことはなくて、日々は分けられない。
続いていくので、続いて生きていくだけです。長い長い。
それでも、さよならは必要なので、よいお年を、と言うわけだ。



と、上記の備忘録を年内に書こうと思っていたのだが、30日になって、HP、mailともに使用できなくなる。ほんとヒドい。。
しかも、31日には嘔吐・発熱し、1、2日は実家に顔を出しただけで、終日寝ていました。(須賀敦子を読んだり、ボーッと、『秋刀魚の味』を観たり)
でも割とすぐに元気になって、3日に三崎の神社に初詣に行き、今日から、仕事初めです。インド滞在は、11-17日なので、出発までにやること山積み。


本日、早速今年一年間かけて行う書籍、展覧会、それらのプロモーションの打ち合わせ。錆び付いた頭がギシギシと動き始める。秋以降に待ち構えるいくつかの書籍、展覧会。アイデアとdigする姿勢で楽しみたいです。


今年もどうぞよろしくお願いいたします。





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